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先生方の武勇伝!! 特別支援機教育の成果。

2008/07/05 20:39
 先生の武勇伝といっても、先生と子どもが格闘することではありません。
以前から度々登場している、年約50時間お伺いした幼稚園での先生方の実践者としての雄姿に敬意を込めての題名です。

思い起こせば昨年度の4月、園も私も、期待というよりはどうなっていくんだろうという不安のなか始まった特別支援教育の巡回相談。正直私は、そんなにうまくいかないだろうと思っていました。


そしてそれは、私が先生方を支援する力量がないという事実に直面する体験にもなるのだと、ある程度覚悟をしていました。


 いつも書いているように、支援はトレーニングではなく、子どもの脳機能(情緒的理解ではないという意味)の特徴の視点をもった理解と、その特徴をふまえたハードル設定で子どもの自然発達を最大限保障することがまず重要なわけです。


しかし、脳機能の特徴を知ることや集団の中で他の大多数の子とは違うハードルを適切なかたちで設定するというやり方、発想はこれまでの保育・教育には希薄で、ここが最大のネックになるだろうと思っていました。



 案の定、最初の数ヶ月は先生方も戸惑われ、そして、前回の訪問時お伝えしたことが浸透せずに自然に以前の保育に戻っていたり。

私がお伝えしていることが効果的であるのかどうかの懸念もおありだったのではないでしょうか。

しかし、たくさん訪問枠が確保されているなか、口頭で説明をするだけでなく、実際に私が活動の中に入り、口頭でお伝えしたことを子どもへの対応で具現化し、子どもの変容を目の当たりにしていただくことで、先生方の視点が変わっていったように思います。


ただし、戸惑いの次はジレンマ。先生方から「わかっているのにできない!」ということばを何度かお聞きし、私は「それでいいんです」とお応えしていました。


意識や視点を変えても、それが実践に反映されるのはそうたやすいことではないとわかっていますし、変わらなければならないのは対応する側であるという認識があれば、おのずと徐々に対応は変わっていくからです。

でも、先生方は当然苦しい。


そうこうしているうちに、子どもの小さな変化と何より先生方の小さな成功の実感の蓄積が・・・。


 余談ですが、私はクラスに入り支援員的に子どもに対応するのが大好きです。子どもの特徴をふまえての先回り戦略で、子どもに負担をかけずに適切な言動に導けた時、「よしっ!」って感じで心の中でガッツポーズ。


これを先生方も味わえば、実践者としてはたまらないモチベーションになるのではないでしょうか。


 
 乱暴、制止に怒る、集合しない、途中から出て行く、クラスを乱す、助言は聞けない・・・いろいろあり、私的にはちょ〜っと厳しいなーと思っていた子も含めたA君、Bちゃん・・・はどうなったのか。

迎えた年度末・新年度、「他の子とあまり変わらない」これが先生方から聴かれたことばです。
私もそう実感しています。


正直、私自身がこの成果に一番驚いているのではないでしょうか。
たった1年でここまで変わるとは!



いや〜、子どもってすごい! そして先生方凄すぎる!!


保育室内の配置や式典のセッティング、安定グッズの提供や子どもの実情にあったハードル設定・ことばかけなど今では、私が何か言わなくても、先生方自ら考え実践されているところがさらに凄い!!!


このすばらしい成果の要因は、

@実際に私の実践を見ていただき、実践者としてある程度信頼していただく機会があった。
A個々の子どもにフィットし、具体的で実効性の高い個別指導計画立案にかなりの時間と労力をかけ、子どもへの
  対応にあたって先生方の思考の整理ができた。
B園長先生と特別支援教育コーディネイターの先生がすばらしく、忙しいなかでもこれ以上ないという園内体制がと
  れた。私が園に行かない間、担任をもたないコーディネイターの先生が、客観的に担任の先生への助言をしてい  た。

などでしょうか。


 園には気になる子が何人かいますが、個別指導計画をきっちりつくり、先生方が思考を整理してのぞんだ子とそうでない子には、伸び率に差が見られたような気もします。

そして、幼児のうちに対応者が視点を変えれば、子どもは無理なく伸び、就学までに言動が目立たなくなる子が多いのではないかということもわかりました。



 昨年度1年、最強の誇り高きプロ集団と仕事をさせていただく機会に恵まれ、様々なことを学ばせていただきました。ときにプライドは、他からのことばを本能的に退けるものですが、それは本当の実践者としての誇りではないでしょう。

そして、子どもの自然発達を最大限に保障していただき、他の子とあまり変わらない状態にしていただいたこと、子どもに成り代り感謝の気持ちでいっぱいです。私が感謝するのは、筋違いでおこがましいのは承知してますが。




 私は、この園の実践を様々な講演会で紹介させていただいています。いたるところで苦労されている先生方や子ども自身に向け、この園の先生方の実践をお届けし、少しでも必要以上の負担なく育てて欲しい、育ってほしいと思うからです。そういう意味でもこの園の貢献は大きいといえるのではないでしょうか。



 今年度から園と小学校の一貫支援をさせていただいています。当初ちょっと変化は厳しいかなーと思った小学校も、少しずつ変わっていただいているのを実感します。


今年度は幼・小一貫の支援システムの構築と成果を、静かに勝手にもくろんでいる私です。
そして、すでに光が・・・。


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職業病

2008/03/01 22:49
 先日、私は幼稚園の年中児の我が娘の面談に出向きました。私は少々高齢の部類の、年中児の母なのでした。


 我が娘は、クラスになかなか馴染めず一人でいがちな子に、わりとライトに「一緒に遊ぼうよ」と声をかけるらしく、先生は助けられているなんていってくださいました。一般的には、「思いやりのある子」という評価をいただくかもしれません。先生もそういったニュアンスで話してくださいました。


 しかーし!私は『そういうことじゃないって事もあるな』と即座に思ってしまうわけです。たとえば、大多数の子どもが何人かのグループで遊んでいるのに、一人だけポツンとしている子がいたら無意識に空間的に気になるな、という具合に。


空間的に気になるというのは、大きな丸の柄ばかりのなかに、一つだけ小さな丸があったら、その丸は環境刺激として違和感をもってアピールしてきます。私にはその感覚がよくわかります。だから、小さな丸を大きな丸に同化させてしまえば、違和感がなくなり、なんとなく落ち着きます。もちろん無意識です。


または、一人だけポツンとしている子は、ちょっとおとなしめだったりして、我が娘のように、いろいろ思いついてしまい、やりたいことがはっきりしている子には、自分のペースで遊びやすいとか。従えるというのでなく、どこかのご夫婦のように、お互いにそれが楽っていうパワーバランス。

もちろん、それとは別にテンション高めな子同士惹かれあうというのは、私がかかわる子たちにはありがちですが、それはまた別の機会に。


という具合に、いろんな側面からの解釈ができるわけです。


 実際、我が娘に「お友だちと遊んでいない子に、一緒に遊ぼうって誘ってあげてるの?」とたずねると、???何言ってんの?という反応。彼女の名誉のために一応付け加えておきますが、何も考えてないわけでなく、思いやりを発揮したことを忘れてしまったのかもしれませんが・・・。
いや、でも私は何も考えていない確率の方が・・・。



 先生は、我が娘について誰とでも遊べる、といい意味でいってくださったけど、彼女の場合、「○○ちゃんと遊びたい」っていうお姉さん的な感覚はあまりなく、よほどイヤなことをされなければ、誰でもいいって感じもありそうです。


また、縄跳びなどずいぶん長いこと集中して一人で練習することもあるとほめていただいたのですが、彼女、熱中すると過集中になり、やめるのが大変なときあり。とくればもちろん、それ以外については、どちらかという飽きっぽい。新しいこと、刺激的なことは大好き。


 幼稚園での我が娘の行いの理由の真偽のほどは追求してはいないのですが、「思いやり」や「集中力がある」「分け隔てない」という定番の情緒的な解釈で、彼女が不利を被ることはありません。むしろ、実像よりも高評価だったりするかも。


しかし、私がかかわらせていただいている子どもの場合、この情緒的な解釈が子どもを苦しめていることは少なくありません。悪気があるように見えても実は悪気なく、嫌みや攻撃のように見えても、実は本人にとってはよんどころない理由があったり。


人は情緒的な解釈が好きです。プラスの解釈の場合、心温まり気持ちがよくなるからかも知れません。


 私も、情緒的な解釈は放っておいても浮かびます。けれど、それとは別のドライで科学的(本当に科学的ではないのですが、情緒的の対義語として)な解釈の仕方もすっかりプログラミングされていて、これって職業病?って感じです。


そして、情緒的でない解釈が子どもを助けることを身をもって経験してきました。


情緒的以外の解釈を加えることにより、対応のバリエーションが増え、彼らのうまくいかない本当の理由に合致した対応ができる可能性が高まるというわけです。


 でも、母の立場ではこれをやらなくてもよさそうなものを。因果なものです。


 私の場合は、好意的な誤解?も手伝って、なんてことのない面談で終わるのですが、そうでない場合は結構へこむよな〜。


 娘の面談は、保護者の方の気持ちの視点を常にもち、勇気をもって次にすすんでいただけるようサポートするという、面談する側の姿勢を再確認させてもらえるよい機会にもなっています。




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幼児教育にはまる。

2008/01/31 14:02
 ちょっとバタバタしている間に、前回の投稿から2ヶ月以上も過ぎ、もうこのブログは更新されないのではないかと思った方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
今年も、できる限り書いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ただし、ライト、ヘビー取り混ぜて。


 さて、これまで教育機関との連携では小学校が主流だったのですが、一昨年くらいから幼児教育機関からのご依頼が急増しています。

前回の記事「ぼくの世界へようこそ」も、その中で書きました。もともと幼児教育にすごーく興味があったわけではない私ですが、ここのところ、幼児教育にとてもやりがいを感じるようになりました。

その理由は、
@早いうちから保護者の方を支えることができ、保護者と教育・保育機関との
 軋轢という不幸を生まずに有機的に子どもをサポートする素地を築く作業が
 できること。

A保護者の方に子どもが小さいうちから、子どもの発達の特徴や具体的な
 対応をお伝えすることができ、無用な嵐を巻き起こさずに、健やかに子ども
 を育てる環境をつくれること。

Bはじめての集団参加から、集団の中で本人がよりよく居られる日常を作って
 あげられること。

Cまわりのお子さんに、苦手を持つ子をどうとらえ、どう対応すればよいか小さ
 いうちから伝えられること。

D学校よりもカリキュラムの縛りが弱く、その子にあった環境、課題、対応が提供
 できること。

E学校よりも「教育とはこうあるべき!」が比較的軟化しやすいこと。

F学校より規模が小さく、先生方が同じ方向性をとりやすいこと。(方針の違いに
 よる軋轢が生まれ難い)

というわけで、幼稚園・保育園自体の方針転換が思いのほか早い、先生方の意識の変化が感動的。その結果、子どもが変わる!


 この1年を振り返ると、幼稚園・保育園での仕事は本当にやりがいを感じました。正直最初はそうは思っていませんでした。半期を過ぎたことから、先生方の変化に感動を覚えるようになりました。

現場がどんなに大変かわかるだけに、その日々のなかで教育観・保育観を変えることは、容易いことではないと思います。本当に頭が下がります。

そうなんです。特別支援教育とは、教育観・保育観の転換という指導者にとってとても辛い作業を伴うのです。これについてはまたいつか。


 今年度、50時間近くお伺いしたある園については、来年度同学区の小学校に行く子についても担当することになり、一貫性のある支援が提供できる予定です。そして、以前「育ってる!でも先生になると…」の回で書いた有能な大学院生も支援員として入る予定です。保護者の方との面談も済み、来年度は、私、保護者の方、支援員はなかなかよいチームワークでいけそうです。

あとは学校との連携。こちらは、来年度に向けてこれから調整に入ります。



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